ソフトテニス15年を振り返る【中学から社会人まで続けてきた理由と転機】
📌 この記事でわかること
- 中学でソフトテニスを始めてから15年。競技を続けてきた理由
- 高校→大学→社会人と環境が変わっても続けられた理由
- 長野県でソフトテニスの地域コミュニティに参加した体験
- ソフトテニスが教えてくれた『軌跡の美しさ』という美学
- 15年の体験がAI×スポーツの副業コンテンツになった経緯
中学1年で始めたソフトテニスが、今も続いている
中学1年生の春、なんとなく入部したソフトテニス部。それから15年が経って、僕は今も平日の夜に地元のサークルでラケットを振っています。よく飽きずに続けられたな、と自分でも驚いています。
続けてこられた理由は、競技そのものの面白さに加えて、節目節目で新しい発見や仲間との出会いがあったからです。中学・高校・大学・社会人と、それぞれのフェーズで違う魅力を感じてきました。
「15年続けてきて思うのは、ソフトテニスは『一人で完結しないスポーツ』だということ。前衛と後衛のペアで戦う競技だからこそ、人間関係込みで楽しめるんです。」
中学時代:とにかく上手くなりたかった3年間
中学時代の僕は、純粋に「上手くなりたい」という気持ちだけで練習していました。朝練・放課後練・休日練と、年間300日くらいはコートに立っていた記憶があります。
中3の夏に県大会で個人戦ベスト16まで進めたときは、本当に嬉しかったです。それまでの練習が報われた瞬間で、努力すれば結果が出るという成功体験を、人生で初めて得たのがこの時期でした。
同時に、自分より強い選手がたくさんいることも痛感しました。県上位の選手たちのプレーを見て、上には上がいるという現実を知ったのも、中学時代の大きな経験です。
高校時代:勝ちにこだわりすぎて苦しんだ時期
高校では強豪校ではなかったものの、部内で1番手になりたいという気持ちが強くなり、勝ちにこだわるあまり苦しんだ時期がありました。
練習試合で負けると数日間引きずる、団体戦で自分が負けて敗退すると自責の念で寝られない。今思えばメンタルが弱かっただけなのですが、当時はそれが普通だと思っていました。
大学時代:強豪校から離れて、純粋に楽しめた4年間
大学はソフトテニス部ではなく、サークルに入りました。ガチ勢ではなく、緩く楽しむメンバーが多かったので、勝ち負けから少し距離を置けた4年間でした。
この時期に出会った先輩・同期・後輩との関係は、今でも続いています。年に数回、当時のメンバーで草大会に出場するのが恒例行事になっていて、ソフトテニスを続ける動機の一つになっています。
競技力だけを追求していた中学・高校時代と比べて、人とのつながりという形でソフトテニスの価値を再発見した時期でもありました。
社会人になってから:地元サークルで再びコートへ
長野県に引っ越してきて、地元のソフトテニスサークルに入りました。年代は20代から60代まで幅広く、平日の夜に体育館や河川敷のコートで練習しています。
社会人サークルの良さは、勝ち負けがすべてじゃないことです。仕事の話、家族の話、地元の話をしながらラケットを振る時間は、純粋にリフレッシュになります。15年前の自分に「将来、こんな楽しみ方をしているよ」と教えてあげたいくらいです。
大会にも年に2〜3回は出ていて、結果が出ればそれは嬉しい。でも結果が出なくても、ソフトテニスを続ける理由は十分にあります。
15年続けて気づいた、ソフトテニスの本当の魅力
15年やってきて気づいたのは、ソフトテニスは人生のサイクルにずっと寄り添えるスポーツだということです。激しく走り回る競技志向の時期もあれば、楽しみ重視の時期もある。年代に合わせて関わり方を変えられる柔軟性があります。
ペア競技という性質上、一人ではできません。だから必然的に仲間ができる。中学の同級生、高校の部活仲間、大学のサークル、社会人サークル、それぞれの場所で出会った人たちが、人生を豊かにしてくれました。
まとめ:これからも、無理なく続けていく
📝 まとめ
中学から社会人まで、15年間ソフトテニスを続けてきました。フェーズごとに関わり方が変わり、それぞれの時期に違う魅力を感じてきたからこそ、長く続けられたのだと思います。
これからも、無理せず楽しむスタイルで続けていきたいです。30代、40代、50代になっても、コートに立っていたい。そんな目標があるだけで、毎日が少し楽しくなります。
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